東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8127号 判決 1970年5月22日
原告 小山良
右訴訟代理人弁護士 田畑喜与英
被告 三田正一
右訴訟代理人弁護士 北川豊
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
(一) 請求の趣旨
被告は原告に対し、江戸川区中央一丁目一、二五〇番二宅地四二坪(一三八・八四平方米)の内、北側二八坪(九二・五六平方米)の土地上に存する別紙目録記載の建物を収去して、右土地を明渡せ。
被告は昭和四四年八月二一日から右土地明渡済みまで一ヶ月金二、二四〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言を求める。
(二) 請求の原因
一 原告は昭和三一年六月一二日その所有にかかる江戸川区中央一丁目一、二五〇番二宅地四二坪の内北側二五坪を、非堅固建物所有の目的で、期間を二〇年と定めて被告に賃貸した(後に貸地の範囲を二八坪に増加した)。
二 被告は右本件土地上に木造セメント瓦葺二階建居宅およびトタン葺平家建工場を所有してきたが、昭和四四年五月上旬右工場部分を取り毀し、同月三〇日一階を重量鉄骨造耐火構造の板金工場(床面積約五二平方米)、二階を木造カラー鉄板瓦棒葺居室(床面積約三四・七平方米)の建物を新築し、残存する二階建居宅と一体をなす一棟の建物に改築した(別紙目録のとおり)。
三 右のとおり、被告の改築した建物は、その主要部分が重量鉄骨造りの工場であるから、結局堅固な建物というべきである。従って、被告は原告の承諾なく、契約に違反した建物を築造したものというべきである。
四 そこで、原告は被告に対し、昭和四四年六月一四日到達した書面で、書面到達後七日内に右堅固構造の部分の除却を求め、不履行を条件として土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
五 しかるに、被告は同月二〇日、二一日の両日中に重量鉄骨の柱六本の中間部分を鎔切し、鋼柱、丸鋼等を使用して改造をしただけで、結局堅固な建物を非堅固化する改造をしなかった。
六 従がって、本件賃貸借契約は昭和四四年六月二一日の経過とともに解除により終了した。
七 本件土地の賃料は一ヶ月金一、一二〇円の定めであったが、右解除当時においては賃料相当額は、一ヶ月金二、二四〇円以上というべきである。
八 よって、土地賃貸借契約終了に基づき、建物収去・土地明渡および契約終了の後である本訴状送達の翌日(昭和四四年八月二一日)から右明渡済みまで賃料相当の損害金の支払いを求める。
(三) ≪証拠省略≫
(一) 答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 答弁
一 原告所有の本件土地を賃借していることは認めるが、賃借の日は同年八月一〇日で、期間をその日から二〇年、建物所有の目的(堅固・非堅固を問わない趣旨)と定められた。
二 認める(ただし、新築した一階工場は六〇・七七平方米、二階居宅は三八・〇三平方米)。
三 否認する(被告の建てた工場は所謂H型鋼を使用するが組立式であり、周壁も波型スレートで囲っただけであり、堅固建物にはあたらないし、右建物を建築するについては、原告の承諾を得ている)。
四 認める。
五 否認する(鉄骨の柱六本を除去し、木柱と交換した。これによって、仮りに当初の工場が堅固建物であったとしても、原告の催告に応じて、建物を非堅固化したことになる)。
六 争う。
七 争う。
理由
一 被告が原告所有の本件土地を賃借りしていることは当事者間に争いがなく、借地契約成立の日、借地の目的については、≪証拠省略≫によれば、原告主張のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
二 被告が昭和四四年五月上旬従来工場であった建物を取り毀した上で、原告主張のごとき建物(床面積の点を除き)に改築したこと、原告から被告に対し、その主張のごとき催告および条件付賃貸借契約解除の意思表示があったことおよび被告が重量鉄骨(H型鋼)の柱六本の中間部分を切断、除去したことは、当事者間に争いがない。
そこで、被告の改築した建物が堅固建物にあたるか否か、また柱の部分を除去した後においてはどうか、の点について判断する。
≪証拠省略≫を綜合すれば、次のとおりの事実を認めることができる。
被告が改築した建物のうち工場の部分は、基礎は布コンクリート造りで深さ地下約四五糎、地上の高さ約五五糎、厚さ約二五糎である。柱六本はH型重量鋼(二〇〇粍×二〇〇粍肉厚一二粍、高二五糎)は底部において座板を熔接し、アンカボルト四本で基礎コンクリートと緊結されていた。梁はⅠ型重量鋼(三五〇粍×一五〇粍、厚一二糎、長さ八・一八米)を使用している。外壁の胴ブチはリップ型鋼(一〇〇×五〇×二〇粍)外部は波型石綿スレート張りである。なお、鉄鋼は概ねボルト止めであって熔接されているのは一部にすぎない。ところで、被告は前記のとおり原告から催告を受け、右のH型鋼柱六本の中間を切断し、それぞれH型鋼の両面から杉材の柱(一五糎角)二本を抱合せ、H型鋼を通し締付ボールト(経一六粍)にて取付けることによって、建物を支えるように改造している。
ところで、借地法は堅固な建物と非堅固な建物を区別し、前者の所有を目的とする借地契約の法定期間を、後者の所有を目的とする借地契約におけるそれと区別して長期に定めているほか、期間について約定のない借地権は、建物の朽廃によって消滅する旨を定めている。このことと借地法が堅固な建物として例示しているところを合せて考えれば、借地法は建物の堅固、非堅固の区別の基準を主として建物の耐久性においていたものと解することができるのであるが、この区別を設けた目的は、借地期間の長期永続を予定する建物の所有を目的とする契約か否かを類別し、これに伴なう両当事者間の法律関係をできる限り公平に維持しようとすることにあるというべきである。そこで、借地期間内であっても、借地人に債務不履行があり、借地契約が解除された場合に、借地人は地上の建物を収去して土地を賃貸人に返還する義務を負うことになるが、地上建物の収去が著しく困難であるときは、事実上賃貸人による契約解除権の行使が制約されるということもありうるところから、建物収去の難易ということも、建物の堅固・非堅固を区別する基準の一としてあげられてきている。とすれば、建物の存続中借地期間が満了した際に、賃貸人に更新を拒絶する正当の事由があり、更新されないときは、借地人に建物買取請求権が与えられていることに関連して、建物の価格が著しく高額であり、賃貸人に買取りの能力なく、事実上更新拒絶権を奪うことになる場合があることを考えると、建物の価格が著しく高額であるということも、建物の堅固・非堅固を区別する要素の一として考慮すべきであるといわなければならない。
一方、建築工法、建築資材の進歩に伴ない、建物の耐久性には多様な段階が生まれ、構造、資材によって当然に耐久力あるものとないものとに区別されるということができなくなったばかりでなく、その耐久性と収去の困難性も必ずしも一致するとは限らない建物が造られるにいたった。本件の建物のごとき所謂鉄骨造り、組立式の場合はまさに然りであるということができる。≪証拠省略≫によれば、被告において支柱である鋼柱六本を切断した後の本件建物においてさえ、その耐用年数は四〇年(木造建物を一般的に二五年ないし二八年とする考え方に立った上で)と認められ、木造建物に比べればかなり耐久性があるということになるが、鉄筋コンクリート造りや鉄骨コンクリート造りに比較すれば、かなり耐久性が低いといえるのである。そして、構造の主要部分はボルト締めの組立式であるから、一部の鋼材等が腐朽しても、容易にこれを取り替えることができ、いわゆる大修繕を要しないで、建物の耐用年数を更に延長していくことも可能である反面、建物の収去もまた極めて容易であるということができる。
そこで、このような建物を堅固というべきか否かを決定する基準としては、前記これを区別する法の目的にたちかえり、この建物の所有が土地使用の長期永続を当然の前提とするものといえるか否か、そしてどちらが両当事者の利害の公平という見地から相当といえるかによって決定すべきであり、この場合本件建物の価格が木造に比して著しく高額といえるかどうかという点も、重要な要素として考慮されるべきであるというべきである。
然りとすれば、一般に鉄骨造り組立式の建物が木造建物に比して著しく高額であるといえないことは、公知の事実であるし、本件建物についても著しく高額のものであることをうかがわせる証拠はないのであるから、本件建物は一部改造前においても、借地法にいう堅固な建物にはあたらないといわざるを得ない。
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告のした借地契約解除の意思表示はその効力を生じなかったものというべく、従って、本訴請求は理由がないこと明らかである。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおりに判決する。
(裁判官 西村宏一)
<以下省略>